画家種類洋画
レア度
買取価格少し高い~高い
備考

「須田寿(すだ・ひさし)」は昭和時代を中心に活躍していた洋画家です。

彼は1906年(明治39年)に東京都の日本橋で生まれました。1913年に精華小学校に入学したころから下村観山のアトリエを出入りしており、ここで芸術に対する興味を高めました。

1924年に中学校を卒業し、東京美術学校を目指しますが、不合格になってしまいます。しかしそこで諦めることなく川端画学校に通いながら再度受験勉強をして1926年に見事合格しました。

美術学校では和田英作に師事してその技術にさらに磨きをかけた彼は1930年、1931年と2年連続で帝展での入選を果たします。この功績は大きく、彼は一躍注目の若手洋画家となったのです。

洋画に新しい風を吹かせたいと考えていた彼は石川滋彦や井手宣通の考えに賛同し、1935年に立陣社に参加します。それにより彼の作風は変化することとなりました。

それまでは画学校や美術学校で学んだことに忠実な写実的人物画がメインだった彼の作品はこのころから徐々にデフォルメされていき、装飾的要素を増していったのです。

しかし当時の洋画壇には彼の作風はまだ早すぎたようで1937年の文展には落選しています。彼はこの落選をものともせず出品をつづけ、1939年についに子の作風で入選を果たしたのでした。

戦後になっても官展を中心に出品を行っていましたが、日展の在り方に疑問を呈するかのように立軌会を設立しました。彼は戦後の洋画壇でも改革を起こそうとしていたのです。

このころから作風はさらに変化しており、写実的描写からはさらに離れ、全体的に暗い色合いで写しだしたモチーフの内面を覗くような作品へと変貌を遂げました。

「須田寿」が手がけた洋画には1枚につきおよそ15,000円から120,000円前後の買取金額がついています。

『須田寿』を損せず高額買取してもらう方法とは?

1,買取実績のある専門業者に申し込む

洋画など絵画はリサイクルショップでの買取りも可能です。

しかしリサイクルショップでは正確な鑑定はできず、数百円や1,000円程度の買取りになることがほとんどです。

骨董品を専門としている業者へ売る方が高く売れるのです。

2,査定は2社以上がおすすめ

骨董品専門業者であっても、査定には価格差が発生します。

業者によって高額買取りになる商品が異なるため、場合によっては数万円も金額が変わってきます。

そのため、2社以上で査定を受けることが高額買取りのポイントになります。

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