画家種類日本画
レア度
買取価格少し高い~高い
備考

「山田申吾」は昭和時代を通して活躍していた日本画家です。

彼は1908年(明治41年)12月15日に東京都で生まれました。彼の父親は日本画家の山田敬中で、子どもの頃から絵を鑑賞したり親しんで育っていきました。

そんな彼が絵の道に興味を持つのも当然のことで、18歳の時に東京美術学校に入学しました。当時の同期には橋本明治や東山魁夷など、後の日本画壇の中心となる人物たちがそろっています。

在学中に制作した『水辺初夏』という作品で帝展に入賞を果たし、画壇デビューを果たし、若手画家として注目を集めました。

卒業後はさらなる技術を学ぶために結城素明に師事しました。

30代後半に差し掛かるころから私立麻布中学校で教鞭をとるようになり、後の世で日本画家となる野田修一郎を育てています。

教員として働く傍らで制作活動にも余念がなく、1950年、1953年には日展で特選を獲得しました。

その後は日展評議員として画壇の中心となり活動していきましたが、晩年になると3回インドやネパールを訪れ、その地で出会った風景を作品に残していきました。

この時期の作品としてはネパールの少数民族をテーマとした『シェルパの歌』が有名です。

彼は生涯通して山を描くことが多い画家でした。そびえたつ山と、常にその近くにある雲を描き続け、ファンの間では「雲の画家」と言われることもあります。

また、作品の制作には非常に貪欲であり、脳血栓で倒れ一時期左半身が不随になってしまいましたが作品を描くことはやめませんでした。

彼の絵に対する情熱は、まさに本物と呼べるものだったのです。

「山田申吾」が手がけた日本画には1枚につきおよそ5,000円から50,000円前後の買取金額がついています。

『山田申吾』を損せず高額買取してもらう方法とは?

1,骨董品専門業者がおすすめ

日本画はリサイクルショップで買取りを受付けているお店もあります。

しかしリサイクルショップへ高額商品を購入しに来るお客はいないため、買取り金額もかなり低くなります。

高く売るには骨董品専門業者が無難です。

2,高額買取りなら2社以上

日本画の査定額は買取業者によって異なります。

ある業者が5万円だったとしても別の業者では10万円ということが実際によくあります。

そのため高額買取りをするなら2社以上で査定を受けることが重要です。

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