与謝野晶子 切手
レア度
買取価格額面通り
額面62円
発行年度1992年

文化人切手は文化人の顔がデザインされている切手で第一次シリーズは1949年からの4年間発行されました。

第一次シリーズは計18枚あり、野口英世から始まり、福沢諭吉、夏目漱石などお札にもなっている有名人の切手が発行され、その他にも内村鑑三、樋口一葉、森鴎外、正岡子規、新渡戸稲造、岡倉天心、など教科書にも出てきて馴染みのある文化人ばかりが題材になっています。

最初は額面8円でしたが、1952年の西周以降は10円になっております。最後に発行された岡倉天心の評価額は、未使用だと1,100円で使用済みだと300円になりますが、買取額は多少変動しますので業者に査定してもらった方がいいでしょう。

第二次シリーズになると比較的新しく、発行期間は1992年~2004年の間です。

江戸時代の数学者の関孝和が第一号として発行され、二つ目に与謝野晶子が切手化され、その他にも島崎藤村、伊能忠敬、宮沢賢治、歌川広重、滝沢馬琴、川端康成、など錚錚たる顔ぶれになっております。

明治期の歌人であった与謝野晶子の切手は1992年に発行されたもので、額面は62円になります。

そこまで珍しい切手ではなく比較的手に入りやすいですが、業者に頼めば額面と同程度の値段で買い取ってもらえるでしょう。

与謝野晶子は明治から昭和時代に活躍した詩人で、1878年12月7日に現在の大阪府南西部の堺県和泉国に生まれました。

和菓子屋を営む両親の元で生まれ育ち、幼少時に漢学塾で朱子学や儒学を学び、琴や三味線なども習い、今でいう英才教育を受けました。

小学校に上がると、和菓子屋の手伝いをしながら小説などを読みあさったそうです。特に源氏物語がお気に入りで愛読書でした。

大阪の文学界で与謝野鉄幹と知り合い、東京で同居することになります。その後に与謝野鉄幹の文芸誌「明星」に「みだれ髪」を発表。

当時としては過激な性描写があったため世間の注目を集めました。その後に、日露戦争が勃発し、弟が戦場に行くのを嘆き悲しむ想いを綴った「君死にたまふことなかれ」を発表します。

与謝野晶子は、その後も順調に作家としての知名度を上げていきますが、1912年に与謝野鉄幹がパリへ留学することになり、夫に同行することになります。

帰国後、与謝野晶子は男女平等の教育の重要性を主張し、1921年に夫と建築家であり詩人でもある西村伊作とともに日本初の共学校である文化学院をお茶の水に設立します。

文化学院で教鞭をとるかたわら作家として五万首の詩を発表し、1938年には源氏物語の現代語訳の「新訳源氏物語」を発表します。

『与謝野晶子 切手』を損せず高額買取してもらう方法とは?

1,切手専門の買取業者で査定をしてもらう

文化人切手はシリーズものなのでコレクターにとっては集めるのが楽しい切手になります。

希少価値が高い種類は多くありませんが、需要が高いのでシリーズが揃っていると切手買取業者ならプラスαを加算してくれることがあります。

一般的な中古買取ショップの場合、販売ルートを持っていないので一律の安い金額で買取りされる可能性があります。

2,損をせずに売るなら2社以上で査定

買取価格は切手買取業者ならどこでも同じというわけではなく、価値のつけ方に違いがあります。

1枚だと少しの金額差でも数十枚、数百枚になると大きな金額差となります。そのため高く売るには2社以上に査定をしてもらうと損をせずに売ることができます。

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