1968年牛痘種痘実施切手
レア度
買取価格額面通り
額面3セント
発行年度1968年

琉球のとある医師が1848年に天然痘の予防接種である牛痘種痘法の完成及び開始を日本で行ってから120年を記念して1968年3月15日 に発行された沖縄(琉球)切手が「1968年牛痘種痘実施」切手です。

額面は3セントですが、切手の買取価格は100円以下になります。

意匠には前述の医師の仲地紀仁(なかち きじん)が描かれています。

さて、仲地紀仁について詳しく説明していきます。

仲地紀仁(1789~1859)は泊村(現・那覇市泊)の医学者の長男として出生しました。

そして、家伝の医学を習い、医療の仕事を天命の職と受け止めて、最終的に国王の侍医にまで上り詰めました。

26歳の時に中国・清の福州へ渡り、3年間内科、眼科を学んだのち、帰国の際に遭難して漂着した薩摩でさらに外科を学びました。

そして1年滞在したのちに帰国し、すぐに琉球王府勤めの医者となりました。

それから中国の漂流者の病を完治して王府から褒章を受けたり、医術の腕を認められて宮古島の医師として二度にわたり派遣されたりしました。

その後、泊と那覇において発生した天然痘の治療に中国で習得した人痘治療によって対応することで、再び王府から褒賞を受けることとなります。

当時天然痘は致死率と感染力がともに高い病で、琉球を含め日本全土で治療・予防法が確立されていない時代でした。

1796年にはイギリスのジェンナーが牛痘から作ったワクチンを予防に用いる有効な方法を発明していましたが、当時の琉球において医術は漢方全盛の時代であり、日本も鎖国中であったため、この西洋の医術は伝わっていませんでした。

そんな中、1846年にイギリスよりキリスト教布教を目的として、宣教師ベッテルハイムが来琉しました。

彼は医師でもあったことから、琉球語を習得して那覇で西洋医学の治療を行いつつ、那覇市内の医師に知識を伝授しました。中でもこれまでの治療実績を持つ仲地には牛痘種痘を伝授したいと考えました。

しかし、当時の王府はキリスト教布教かつ西洋人との交流を固く禁じていたので、ベッテルハイムを監視下に置いて島民との接触を阻止していました。

そこで仲地は監視の目をくぐり、波之上の洞窟でひそかに彼から教えを受けました。禁忌を犯してでも習得する価値があると分かっていたのです。

その後に仲地は苦心の末、膿疱を持つ雌牛を手に入れて教えられた通りにワクチンを作成し、1848年、島民の子どもに接種して予防を成功させることにより、牛痘種痘法を完成しました。

その効果は王府も認める他も無いものであったため、その後、琉球の天然痘対策はめまぐるしい進歩を遂げました。

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