1961年那覇市政40年切手
レア度
買取価格額面通り
額面3セント
発行年度1961年

現在では沖縄の県庁所在地でもある那覇市ですが、その歴史は思ったよりもまだ浅く、現在から逆算して考えてもまだ那覇市が出来てから100年たっていないのをご存じでしょうか。

歴史としてはそこまで長くない那覇市ですが、その歴史は激動の歴史になっています。

那覇市は1921年に市政を適用する中で生まれました。それまでは特別な扱いを受けていたため、市ではなく区といわれていました。
那覇市という名前の付け方は現地の言葉で魚を捕る場所を表す「なふぁ」を由来としており、この場所の漁業の中心地としての役割を表していると言えます。

そんな那覇市でしたが、第二次世界大戦中の1944年に行われた沖縄空襲により焼け野原になってしまい、アメリカの統治下に入ることになります。

このことにより那覇市が沖縄の中心的役割を果たさなくなるのではないかという懸念もありましたがアメリカ政府は「那覇市を沖縄県の中心とする」という声明を発表します。

植民地支配にならなかったことに那覇市民は大変喜んだとされています。

現在の那覇市は観光都市としての面を色濃くしており、毎年、どのシーズンを通しても観光客が訪れる人気スポットになっています。近年には那覇空港も建設され、その人気と行きやすさに磨きがかかりました。

この切手には一隻の船が描かれており、これは琉球時代に中国への貢ぎ物をするための船になります。

なぜ貢ぎ物をわざわざ送っていたかはもともと琉球王国は中国の属国という位置づけが理由になります。

この那覇市政40年を記念して作られた切手ですが、他の琉球切手と比べると価値が高いとは言えず、1枚につき数十円~数百円で取引されています。

また1シートになっても価値に大きな変動はなく、1シートで1,000円程度となっています。

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1,専門の鑑定士がいる業者に申し込む

沖縄切手は歴史が古くたくさんの種類が発行されていて、古い種類ほど希少価値が高くなっています。

しかし金券ショップや一般の買取店で買取りをすると、1枚ずつ査定されることは少なく安い金額で買取りされてしまいます。

切手の価値を正確に判定できるのは、切手買取店い在籍する熟練の切手鑑定士になります。

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