田中舘愛橘 切手
レア度
買取価格額面通り
額面80円
発行年度2002年

切手の意匠となっている人物は、日本の物理学者です。

現在の、岩手県の二戸市で出生しました。南部藩の学校で学問を学ぶと一家は上京します。慶應義塾から官立東京開成学校予科を卒業してから、1877年に発足した東京大学理学部に入ります。

在籍している最中は、山川健次郎を師事。電磁気学であったり、地球物理学であったりを教わり、富士山の登頂部で重力測定を行う際、助手として参加したときもあります。

エジソンがフォノグラフ(録音機)をつくると、それを真似て試作しました。

1882年には、物理学科を卒業して準助教授となります。1883年には助教授へ昇進。電磁方位系を考えたのもこの年です。

1891年になると地震研究に傾倒し、1892年には日本で1番最初に設けられた地震研究組織、文部省震災予防調査会の委員として参入します。

1893年~1896年には国内全域の地磁気を測量してまわり、岩手県の水沢で緯度観測所を設けました。

1904年には、日露戦争を契機として気球を兵器として用いる研究に参入しました。これを機に航空に関しての研究をします。臨時軍用機旧研究会を発足し委員となりました。

1904年には有人グライダーを制作し、飛ばすことに成功します。動力がないが日本で初めて近代的航空機となりました。
1907年に国際度量衡委員会の委員になります。

1916年で退職。これが後に60歳定年制のルーツとなります。
1917年に東京帝国大学名誉教授になります。それから1925年~1947年まで、貴族院議員を務めました。

またローマ字を発明したのも彼で、帝国大学の田丸卓郎と共にローマ字を広めていくことに勤しみました。

ローマ字に傾倒していて、メモなどをはじめ漢詩ですらローマ字を用いて作成する徹底ぶりであったとされています。

切手の買取価格は概ね、額面の80円ほどになっています。

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文化人切手はシリーズものなのでコレクターにとっては集めるのが楽しい切手になります。

希少価値が高い種類は多くありませんが、需要が高いのでシリーズが揃っていると切手買取業者ならプラスαを加算してくれることがあります。

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