伊能忠敬 切手
レア度
買取価格額面通り
額面80円
発行年度1995年

文化人切手は日本の歴史に名を残すほどの偉業を達成した人物を切手化したものでシリーズ化されています。

まず第一シリーズとして1949年~1952年に全18種類発行され、福沢諭吉や野口英世などお札で有名な文化人が発行されました。平成になってからも第二シリーズが発行されました。

プレミア切手といえますが、西周など知名度の低い人物ほど大事にコレクションされずに使用後にすぐ廃棄されてしまい、現存するものが少なく貴重であるためプレミアがつくと言えるでしょう。

文化人切手の中でも伊能忠敬は第二次シリーズの第四集として1995年11月6日に発行されました。買取価格は額面程度になります。

伊能忠敬といえば日本地図を作ったことで教科書にも載るほど有名ですが、その出生や素性はあまり知られていません。

日本地図を制作するくらいですから、地図の専門家と誰もが思うかもしれませんが、本格的に日本地図製作を開始したのは何と55歳からとのことです。

当時は現代人ほど長生きしなかったことを考えるとまさに大器晩成の人生と言えるでしょう。

伊能忠敬は1745年に現在の千葉県にあたる上総国で生まれ、酒造家の伊能家のミチという女性と結婚しお酒専門の商人として働いていました。

1794年には仕事を引退して、それからは独学で暦学(天文学の旧称)を学び独自に天体観測を行ったりしていて、その後関西へ旅行したことがきっかけでますます測量の世界にのめりこんでいきました。

そして、50歳のときに19歳も年下である、天文学者の高橋至時(よしとき)に弟子入りして、天文学と測量を本格的に学びます。

年下の師匠の至時が亡くなってからは、60歳になっていてすでに還暦を迎えているにも関わらず、自ら近畿・中国・関西地方などに赴き独自に地図製作や測量を学んでいき、その研究への熱は73歳で亡くなるまで続いたそうです。

伊能忠敬の作った日本地図は本当に素晴らしい出来で、現代の日本地図と比べてもほとんど変わらないほど正確でした。

伊能忠敬よりさらに90年前に仏教僧の行基が描いた日本地図と比べればその差は歴然としていて、忠孝の地図の完成度の高さは一目瞭然です。全て徒歩で全国を歩いて回り測量したというのだから驚きです。

このように伊能忠敬の地図製作は彼の第二の人生とも言われています。

人生何かを始めるには遅すぎることはないという見本のような人です。そのような魅力的な人物ですが、もしご興味あれば是非切手をコレクションしてみてはいかがでしょうか?

『伊能忠敬 切手』を損せず高額買取してもらう方法とは?

1,切手専門の買取業者で査定をしてもらう

文化人切手はシリーズものなのでコレクターにとっては集めるのが楽しい切手になります。

希少価値が高い種類は多くありませんが、需要が高いのでシリーズが揃っていると切手買取業者ならプラスαを加算してくれることがあります。

一般的な中古買取ショップの場合、販売ルートを持っていないので一律の安い金額で買取りされる可能性があります。

2,損をせずに売るなら2社以上で査定

買取価格は切手買取業者ならどこでも同じというわけではなく、価値のつけ方に違いがあります。

1枚だと少しの金額差でも数十枚、数百枚になると大きな金額差となります。そのため高く売るには2社以上に査定をしてもらうと損をせずに売ることができます。

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