中村汀女 切手
レア度
買取価格額面通り
額面80円
発行年度2000年

印面の大きさは、縦に3.85センチメートル、横に2.65センチメートルです。

中村汀女は、明治~昭和にかけて奮闘した俳人です。

熊本県が出生の地、父の斉藤平四郎は地主であり、彼女の住んでいた村の村長も担いました。

1912年に現在の熊本県立第一高等学校に入り、1918年に卒業。この時期よりホトトギスという雑誌に俳句を投稿し始めます。また、あこがれから杉田久女にファンレターを書いたこともあります。

1921年には久女が彼女の住んでいる場所に来訪し、それから交流を深めていきます。

1920年には官僚である中村重喜と縁を結びます。それ以降、重喜が転勤を重ね、全国津々浦々を転々とします。その後には、東京に定住するようになりました。

1934年になると、句集春雪を世に発表。第二次世界大戦が終わってから2年後には俳句雑誌の風花を創刊しました。

「とどまればあたりにふゆる蜻蛉かな」のような歌を詠んだことで知られていますが、交友関係の久女の勇ましい句とは相反して、生活感を豊かに想起させる率直かつ叙情的である歌を多々書きました。

高浜虚子は娘である星野立子と同時進行で、彼女を指導していました。

彼女の歌は、ときに「台所俳句」と言ったように批判されてはいたもの、自身はというと、「わたし達特筆すべきのない主婦が労働をする場所は、家庭である。

そして、その労働を行う基本的な場所は台所である。それを題材と取り上げることのどこを揶揄する必要性があるのだろうか」というような主張をかかげ、女性が営んでいく生活というものを肯定しています。

さらに、「俳句は、難解な学問などは一切いらず、誰でも手軽に楽しめるものだ」とも公言していて、俳句は自由に、手軽に楽しむものだとも言っています。

切手の買取価格は概ね、額面の80円ほどになっています。

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1,切手専門の買取業者で査定をしてもらう

文化人切手はシリーズものなのでコレクターにとっては集めるのが楽しい切手になります。

希少価値が高い種類は多くありませんが、需要が高いのでシリーズが揃っていると切手買取業者ならプラスαを加算してくれることがあります。

一般的な中古買取ショップの場合、販売ルートを持っていないので一律の安い金額で買取りされる可能性があります。

2,損をせずに売るなら2社以上で査定

買取価格は切手買取業者ならどこでも同じというわけではなく、価値のつけ方に違いがあります。

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