駿河墨書小判
レア度☆☆☆☆☆
買取価格お宝級
素材
発行年度1595年

日本で鋳造された小判の中で、最も古いものの一つとされる駿河墨書(するがすみがき)小判。

1590年、関八州を統治した徳川家康が1595年頃に武蔵墨書小判を製造しますが、小判に「京目壱両・駿河」と書いたタイプを駿河墨書小判といいます。

江戸時代に入ってから本格的に使われるようになった慶長小判の、基礎とも言える小判です。

駿河というのは、現在でいう静岡県に当たります。一説によると、徳川家康が領地であった駿河に移った際、江戸を中心とする関東地方で使えるお金を造るために、この駿河墨書小判を鋳造したのだとか。

しかし、家康が造ったという証拠はなく、この説が本当に正しいのかどうかは、まだまだ謎に包まれているようです。

もう一つの説としてあるのが、豊臣秀吉の重要な家臣であった、中村一氏(かずうじ)が造ったというものです。

中村一氏は、その頭の回転の速さから数々の戦で勝利を収め、それに見合う褒美として、駿河の領地を頂くことになります。

その際に造った小判なので、駿河という名前が付けられたようですが、残されている資料を読むと、どうも家康説より一氏説の方が、辻褄が合います。

はっきりとした事実がないのは残念ですが、そこに歴史のロマンを感じますね。

同時期に鋳造された武蔵墨書小判と比較すると、武蔵墨書小判は力強い雰囲気、駿河墨書小判は優しい雰囲気といったところでしょうか。

重さも、武蔵墨書小判と比べて約1g軽い、16.8gとなっています。

初期に造られた小判ということもあり、現在残されている数は、とても少ないです。

希少性、さらには歴史的に重要な位置を占めていることから、買取価格も必然的に高くなり、数百万や数千万円になる可能性があります。

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金の塊である小判は非常に高価で希少価値が高いです。

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